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旅の写真日記

+ MUSIC GARDEN(全3頁)

旅の写真日記
MUSIC GARDEN (3)

ラジャはミュージシャンだ。
タブラーというインドの打楽器のプレイヤー。他にもオルガンやシタールなども弾きこなすのだという。
「なっ、仲間たちと、バ、バンドを組んでたんだ。以前は、ホ、ホテルのショーでよく演奏してた。い、い、今は、それぞれ仕事を持ってる。けっ、けど、毎週水曜日には仲間が集まって、おっ、音楽パーティーをやるんだ」
とラジャは言った。

僕は10日間ほどラジャの家に滞在した。見る限り、ラジャの暮らしは決して貧窮しているわけではないが、だからと言って経済的にゆとりのある生活には見えなかった。
それでも、ラジャが「ちょ、ちょっと町へ出てくる」と言う時には、必ずおしゃれなシャツにタイトなパンツ、それに足元は真っ白なレザーブーツを履き、かっこよくキメていた。
その晴れやかな姿は、なんだか僕の心をも楽しくしてくれた。

ラジャは仕事をもっているわけではなかった。1室だけの宿の収入がすべて。
となりの立派な宿は弟夫婦のものだった。その宿はロンリープラネットに載っていて、けっこう繁盛しているようだった。弟夫婦のところには娘がいた。バブという名の、黒い毛並みのいい飼い犬もいた。バブは毎朝ラジャの所に来るのが日課になっていた。僕もよくバブと一緒に紅茶を飲み、日向ぼっこをした。

ラジャはよく「町へ出て来る」と言って家を空けることが多かった。
最初は「町遊びが好きなんだなぁ」と思っていた。
しかし、段々「ひょっとすると、そうではないんじゃないか」と僕は思い始めた。ラジャにとっては、「町へ行く」ことより、「家にいない」ことの方が目的なのかもしれない、と感じたのだ。この家にいて寂しさと向かい合うことを避けるために。
僕にそう思わせたのは、ラジャの表情。
出かける時も帰ってくる時も、ラジャの表情にはどこか翳りがかかって見えた。「僕の思い込みかな」と思ってみるが、日が経つにつれて、むしろ僕の思い込みが大して的外れではないんじゃないか、と感じるようになった。
ラジャは、いつものようにおしゃれにキメて、「出かけてくるよ」と家を出てから、帰って来るまでに1時間とかからない時もしばしばあった。
「おかえり。早かったね」
「あっ、ああ。大した用事じゃないから」
とりあえず町に出てみたが、誰かに会う当ても、使える金もなかったのかもしれないな、と思った。
家に戻ってからラジャは奥の部屋でTVを見たり、散らかっている生活用具を移動させたり、何か用事を見つけては動き回っている。そんな時のラジャの姿は、たまらなく「ひとり」を感じさせた。
ある日、庭先でラジャと話をした。
「ラジャは今ひとりで暮らしてるんだよね?」
「そっ、そう。結婚はしてないし、こっ、子どももいないしね」
「弟さんの家にはよく行くの?」
「あ、時々ごはんを食べに行ったりね」
「そっか、近くに家族がいるからいいね」
「うっうん、そうだね」

その週の金曜日、2日間雨で延期になっていた音楽パーティーが、宿の中庭スペースで開かれた。参加者は、ラジャとラジャの音楽仲間2人。それに僕。
バンドメンバーは10人いるが、家の近い者3人が日頃集まるメンバーだという。
夜7時ごろ、パーティ開始。
僕は昼間のうちに仕入れておいた、スリランカの人が好むお酒を持参した。きっとみんないつもお酒を飲みながら、軽い料理でもつまみながらやっているのだろう、と思っていた。
が、ラジャに聞くと「いつもは紅茶を飲むぐらいで、あとはひたすら演奏して、おしゃべりするんだ」と言った。
決して3人とも裕福ではない。余計なお金はなるべくかけたくないようだ。
その日の酒はあっという間になくなった。
ラジャが、付け合せに巨大なキュウリをスライスしてくれた。それをボリボリやりながら、みんなでひたすら演奏し、歌った。
ラジャは1曲ごとにタブラーのチューニングを真剣な顔で合わせ、曲が始まると全身を使って見事な音楽を奏でた。ラジャの周りには、ラジャだけの世界が漂っていた。

パーティーの途中、にぎやかな音を聴きつけたドイツ人2人組と、となりの宿の主人も入って来た。彼らも一緒にタンバリンを打ち鳴らした。僕も持参していた三線と三板で、好き勝手に割り込んだ。
最高に楽しい夜だった。
周囲の宿もあることなので、夜10時にみんな解散した。つかの間集った仲間達が、それぞれの場所へ帰っていく。
「今夜はありがとう。最高に楽しかった!」とバンドのみんなにお礼を言って、僕は部屋へ戻った。

ラジャは、それからもうしばらくひとりで起きていたようで、家の中をゴソゴソと動き回る音が聞こえた。
僕は布団に入って目を閉じてからも、今夜見た、タブラーを打ち鳴らすラジャの姿が頭から離れなかった。(終)

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