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旅の写真日記

+ ウルムチの静かな夜に(全3頁)

旅の写真日記
ウルムチの静かな夜に (3)

ドミトリーに戻ると、となりのベッドにひとり男性がいた。
彼のベッドに散らばった本を見ると、中国語やウイグル語が書かれている。
中国人だろうと思い「ニイハオ」と言うと、「Where are you from?」と英語が返ってきた。
「ジャパン」
「あ、同じですね」
日本人だったようだ。

彼は関西の大学で新彊の歴史を学ぶ大学院生。今回は、研究している土地を実際に訪れたり、教授が紹介してくれた人に会ったりしているそうだ。1ヶ月の滞在を終えてそろそろ日本に帰るところだという。
ガリ勉研究者でも、豪腕バックパッカーでも、斜に構えた放浪者でもなく、家の近所にいそうな若おやじという感じの人で、ゆったりと会話が弾んだ。
「どうして新彊研究なんて選んだんですか?」
「うーん、ただ冒険がしたくて。外国、砂漠、なんかそんなイメージでしょ。それで、これだ! って決めて。就職活動もしたけど、やっぱりこっちを選んだんです」
彼の通う大学は、仏教研究では最先端を行っているらしい。
その昔インドで発祥した仏教は、南方と北方に向かって伝播していったが、最近アフガニスタンにあるバーミヤン遺跡の西側で仏教遺跡が見つかったことをきっかけに、西への伝播ルートが注目されているんです、と訥々と説明してくれた。
「将来は研究者になりたいんだけど、門戸はかなり狭くて厳しいんです」

僕は、自分は仕事を辞めて1年間の放浪旅の途中であることを話した。
「怖くなかった?」と彼は聞いた。
僕は彼の言葉を「旅の間に危険な目に遭うことが怖くないのか」という意味と捉えた。
「そうじゃなくて、その先の不安と言うか、帰ってからのこととか。これまで長い旅をしている人に会っても、何となく訊けなくって。僕もこういう風変わりな研究やっちゃう性分だから、『旅をしたい』とすごく思うんだけどね。でも一生旅人でいるわけにはいかないし」と彼は言った。
「怖さ」という言葉は僕には当てはまらなかった。
ぼんやりとした夢の段階から自分の中で計画してきた旅だったので、不安よりも「よっし行くぞー」という興奮気味なうれしさの方が大きかった。
「この先自分が没頭していけることを、旅の間に見つけたいなと思ってるんだ。けど、それでもふと先のことを考えて、落ち着かない気分になることはあるよ。自分だけ日本の流れの中に戻って行けなくなるんじゃないか、ってね。」
「そっか。やっぱりそうだよね」と彼は小さく言った。
旅のためだろうと育児のためだろうと、たった1年間の中断も日本では楽じゃない。

何となく会話が途切れた。
僕が「疲れたんで先に寝ますね」と言って布団にもぐり込んだ後も、彼はしばらくパラパラと資料をめくっていた。
程よい酔いの中、その音を聞きながら、僕は深い眠りに就いた。(終)

(註) 3枚の写真はウルムチではありません。(1)(2)は新彊のカシュガル、(3)は華南の広州。

(1)(2) >(3)

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