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旅のはじまり
(6) 2度目の上京、そして旅立ち
内定を辞退し、再び東京に出て行ったものの、仕事の当てがあるはずもない。
大学生の弟の部屋に転がり込み、2週間ほどそこで過ごした。 あるきっかけで、小さな出版社の社長に拾ってもらい、そこで1年間使ってもらえることになった。「それから先はその時考えればいい」と社長は言ってくれた。その出版社は、ベトナムで知り合った友人の縁で、学生時代にアルバイトをさせてもらったことがあった。 そこでの仕事は、勉強になることが多かった。出版業界、いや、社会の右も左もわからない若造に、社長はいろいろな仕事や場面を経験させてくれた。取材行のために車を駆って、宮城から九州まで日本各地を走り回ることが出来た。オフィスや駐車場の車に泊り込む日が続くこともあったが、それ自体さして苦にはならなかった。 あっという間に、当初の区切りであった1年間が過ぎた。 僕は27歳になろうとしていた。 僕はこれからどこへ向かおうとしているのだろう。 「20代のうちは好きなこと」は、もう思い残すことはない? いや、もうひとつ残っていた。 ずっとあこがれていた「長い放浪の旅に出る」ということが、具体的なかたちと欲求を伴って、僕の頭に描かれ始めた。 考えた末に出版社を辞め、アルバイトをふたつ掛け持ちすることで、旅の資金を貯め始めた。 1年ほどでお金の目処も立ち始め、旅に向けて気持ちも弾んできた。 好きな夏の間に出発することに決め、準備を進めた。 準備は楽しかった。部屋の荷物を整理し、処分するのも気持ちよかった。 準備も整い、友達と飲みに行ったり、仲間が開いてくれた壮行会に出たりしているうちに、あっという間に出発の日がやってきた。 6月末の蒸し暑い日の夕方、大き目のザックと三線を肩に、僕は晴海ふ頭から沖縄行きの船に乗り込んだ。 午後7時に出航するはずだった船は、9時を過ぎても動き出す気配はなかった。 僕は船内の風呂に入り、ガラス窓から見える港の景色をしばらく眺めた。コンテナを積む作業をしている人たちを、白い大きな照明が煌煌と照らしていた。 (帰ってくる時には、おれはもうひとつ歳を重ねているんだなぁ。ずいぶん悠長な話だなぁ)。 午後10時前。3時間遅れで、のっそりと船体が動き始めた。 「まあ誰に頼まれたわけでもない、自分で決めた出発だ。思う存分感じてこよう」。 ようやくコンテナの積載を終えて港を出ていくフェリーの大部屋で横になりながら、僕はそんなことを思っていた。(終) |